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コラム

更新2017.08.09

運転した事のある最も古いクラシックカー…ベントリィS11フーパーの思い出

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鈴木 修一郎

意外に思われるかもしれませんが、筆者には「試乗する」という経験がそれほどありません。何か珍しい記念品が貰えるキャンペーンとか友人のクルマ選びに付き合った時を除き、どうも買う気もないのにクルマを試乗するという気にもなれないのです。しかも、スバル360とセリカLB以外のクルマを現時点で所有した事が無いため(ちなみにスバル360もセリカLBも不動状態の車両を整備後納車という形で購入しているため、今のところ、購入前に試乗したという経験もありません)、社用車等、職務上で乗ったクルマを除くと、運転した事のあるクルマは実はそれほど多くないと思います。もしかしたら、カレントライフの読者の皆様の方が色々なクルマに乗った経験があるかもしれません。

そんな筆者ですから、本来カレントライフのテーマのコアとなりうる輸入車を運転した経験など片手で数えられるほどしかありません。その一方で、数少ない運転をしたことのある輸入車の一つに、一時期知人が所有していた「1958年型ベントリィS1フーパー」があります。同時にこのベントリィが今のところ、筆者が運転した事のある最も古いクラシックカーでもあります。


▲筆者のセリカと1958年型ベントリィS1

このベントリィ、一時期はクラシックカーイベントにもしばしばエントリーされていました。オーナーである知人も、ただの趣味車としてではなく、市内の仕事の移動は勿論、時には名古屋〜東京往復にも使っていたので、どこかで見たことがあるかもしれません。

ベントリィのオーナーの仕事は世の中の最先端?


このベントリィのオーナーはIT関連の凄腕のSEで、「IT革命」という言葉が流行っていた頃、パソコン初心者の時は困ったときはいつこの方に助けてもらっていました。自宅が比較的近い事もあり、何かあったときにその知人の自宅に行けばすぐその場で直してもらえるということで、メーカー製ではなく、知人に組んでもらったパソコンを使っていた時期もありました。

知人は「秒進分歩」とよばれるIT業界で、常に最新のIT技術の情報収集と技術の習得を欠かしませんでした。面白いもので、知人の話ではエンジニアや科学者は仕事で最先端の技術を追えば追うほど、プライベートではアンティーク趣味や科学とは真逆のオカルトやスピリチュアルな物に惹かれたりする傾向があるそうです。およそ100年前の本物の金時計を愛用し、自宅にはディスクオルゴールまで置いてしまうという骨董収集好きで、休日は神社めぐりなどが趣味ということです。

骨董趣味に興じる知人らしく、自動車もクラシックカー、それも英国車に興味があり、中でもロールスロイスシルヴァーゴーストが大のお気に入りとのことでした。しかし、自動車を所有するには重大な問題がありました。先天的な障害による弱視と学生時代の事故の影響による下半身不随のため、自動車の免許を取得できないという障害を抱えていたのです。ところが10年ほど前、同居して介助している方に運転して貰うという形で1958年型ベントリィS1フーパーを購入するに至ったのです。初めてベントリィを見せてもらった時、リアシートから降りて同居している方がセットした車椅子に乗った知人に発した筆者の第一声は、

「まぁこのクルマならそういう乗り方が本来正しいよね(笑)」

自分で運転できないなら、いっそショーファードリブンカーをショーファー付きで乗ってしまう。こういうクルマの楽しみ方(それもある意味凄く贅沢な)もあるのかと感心しました。……むしろ圧倒されたというべきでしょうか。そしてその漆黒の荘厳な車体を見た瞬間、このクルマだけはどれだけ「英国車乗りによくあるイギリス人のモノマネのクイーンズイングリッシュもどき」と笑われようとも「ベントリィ」ではなく「ベントゥリィ(Bentley)」と呼ばなければならいという衝動にかられました。(だからあえて今回は「ベントリィ」と表記しています)

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「黒船」そのものだったベントリィ


当時の筆者は以前の記事にも書いた通りの視野狭窄的な国産クラシック信者でしたが、それでもやはり自分の身近な所にクラシックカーオーナーが増えるというのは嬉しいもので、クラシックカーの車両保険も対応できる保険代理店を紹介したり、クラシックカーイベントに誘ったりもしました。

そして、

「このベントリィが1958年のロンドンモーターショーでショーカーとして展示された車両であり、58年型のS1では3台しか作られなかったフーパー社製のボディ架装車という来歴持つ個体である事」

「ボディがコーチビルドではなく、内製になってしまったシルバークラウド以降より、どうしてもボディをコーチビルダーに外注していた時代の車両が欲しかった(筆者もどうしても排ガス規制とオイルショック前のソレックスキャブレター車が欲しかったのでその辺の心理はよくわかります)」

「本当は戦前型のファンタム3やシルヴァーゴーストが欲しかったけど、それは流石に無理だった(苦笑)」

という話を聞くうちに、筆者自身が、ロールスロイス・ベントリィ(余談ですが「ロールスロイス」もクイーンズイングリッシュ風に表記するなら、正確には「ロールズロイス」とSの発音は濁るのですが)について改めて来歴を調べるようになったり、更にはメルセデスやキャデラックといった各国の高級車ブランドについて調べるようになりました。

このベントリィもまた、後々筆者が今度は縦目メルセデスやグロッサーといったオールドメルセデスに執心する事になる布石だったのでしょう。今思えば、まさにこのベントリィは名実ともに国産クラシックに偏執していた私にとっては「黒船」そのものだったのかもしれません。


▲クラシックカーイベントではいつも人気者でした。そればかりかとあるイベントで、先日のノリタケの森のイベントのシルヴァーゴーストのオーナーでロールスロイス・ベントリィオーナーズクラブの会長からその場で「ウチのクラブはもう老人会みたいになてしまってるから是非こういう若い人に入ってほしい」とその場でクラブ入会の誘いを受けていました

ついにベントリィを運転するチャンスが……しかし


しかし、生憎そのベントリィとの蜜月のカーライフも長くは続きませんでした。2008年9月に突如発生したリーマンショックによる世界的金融危機による影響はその知人の事業にも影響し、資産価値の目減りや売り上げの減少もあり、まだ購入後、一度目の車検も迎えていないベントリィを手放さざるを得なくなった事には心中察するに余り有る物がありました。するとある日、筆者の下にその知人から思わぬ誘いを受けます。

「鈴木さん、今度の金曜日の夜ちょっとあのベントリィを運転してみない?」

という、思ってもみなかった(いや、本当はずっと心の底で願っていました)お誘いを受けました。

「だって鈴木さんずっと運転したがってたし、自分でスバル360のエンジンをバラして直してるし、ソレックスツインカムでパワステ無しのセリカLBを日常使用していて、尚且つ大型一種免許まで持ってるし(実は筆者は中型免許創設前のうちに大型一種を取得しておいたのです)間違いなくウチらの仲間の中では一番昔のクルマの扱い方に詳しいから、多分大丈夫だろうと思うし(笑)」

という言葉を頂いた時は、掛け値ぬきで身に余る光栄と感じたものでした。

そして待ちに待った金曜日、待ち合わせ場所のパーキングへ、この日はあえてセリカではなくスバル360で向かいました。年式こそ違えど、1958年型の超高級車のベントリィS1と1958年発売の日本初の本格的大衆車スバル360、ほぼ同時期に開発されていたであろう全く国も生い立ちも違う両車を比べてみたいという思いもありました。



当日は笑われるかもしれませんが、ジャケットを着て白手袋を着用して「お抱えショーファー」を意識してこのベントリィの運転に臨みました。むしろそのくらいしないとこのクルマの運転は出来ないと思わせるものがあったのです。それでも、

「一応は自分も大型一種免許所持のクラシックカーオーナーであり、1速ノンシンクロのスバル360をダブルクラッチで1速にシフトダウンすることだってできるし、気難しいソレックスでパワステの無いセリカLBを日常使用している。そして、SUキャブで大排気量で低速トルクもあって、オートマチックトランスミッションでパワーステアリングもついてるなら車両感覚さえつかめば動かすくらいなら容易いものだろう」(実は筆者が運転した事のある一番古いクラシックカーが実はMT車ではなくAT車だったというのも因果な話ですが……)

と、すこし高をくくっていました、ところが筆者のそんな安っぽいプライドはこのクルマを数10m動かした途端容赦なく打ち砕かれました。小排気量・高回転型で回してナンボの2ストエンジンやツインカムエンジンと同じ感覚で、大排気量・低回転・大トルクのベントリィのスロットルペダルを踏んでしまうと、エンジンのレスポンスとキャブの燃料供給が合わずカブらせてしまう始末。いくらパワーアシストがあるといっても、操舵の反応が鈍いステアリングは早めのタイミングで動作はゆっくり切り始めないと、後半で慌てて切り足してふらついた旋回になってしまいます。初期制動の弱いサーボブレーキでは、想定している停止位置のずっと前からゆっくりブレーキングをしないと止まり切れず、急制動みたいなカックンブレーキになる、窓ガラスは小さく、バックミラーはスバル360に装着されているものと同サイズの鏡面のミラーが、長いボンネットの先の脇についてて視認性は全く期待できない等……。

つまりこのクルマをスムーズに走らせようと思ったら、リアシートの主人に不快な思いをさせないようなジェントルな操作に徹することになります。窓ガラスは視認性よりもリアシートの搭乗者の秘匿性を優先し、少ない視覚情報で車両感覚を把握する必要があるなど、「リアシートに座る主人の都合」のみが最優先で「運転手の都合」は一切考慮されていないという、お抱えショーファーを雇うことが前提で購入するクルマである事を改めて思い知らされました。

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ベントリィの運転のコツ


ある意味、面白半分で白手袋でジャケットを羽織って来たというのは正解だったのかもしれません。今夜の自分はリアシートのご主人様である知人に仕える雇われのお抱えショーファーに徹頭徹尾なりきるしかありません。いつも「ショーファー」をしている知人の介助者の方がいうには、

「とにかくすべての操作は開始は早め、動作はゆっくりが基本、スロットルはミリ単位で少し踏んでから動きだすまでの『待ち』を経てから加速、ステアリング操作は旋回半径とラインを予め考慮に入れながら修正し、ゆっくり切り始めてゆっくり切り終わる、停止は予め2つ先の信号を見ておき、自分が通過するタイミングで赤になりそうだと判断したらもう減速して制動操作の準備をする」

とのことでした。そのため否が応でも、スローで発進、早めに減速、法定速度以下で走ることになります。しかし、後ろから煽られたり、車線変更でホーンを鳴らされたりしないのかと聞くと、

「そもそも、こんなクルマが走ってたら珍しがってスピードを落として隣に並んで見ようとする人はたまにいても、車間距離を詰めて煽る人とか、車線変更で邪魔をしようとする人なんていないよ(笑)」

とのことでした。筆者のスバル360で高速道路の勾配で失速した時の後続車への申し訳なさとか、右車線への車線変更で後ろからクラクションを鳴らされたりするのとは大違いです。夜更けで交通量が少ないというのもありましたが、法定速度以下で路線バスや大型トラック程度のスローペースで走っても周囲から迷惑がられるということはありませんでした。金曜日の夜、アフターファイブの飲み会帰りのサラリーマンが定員乗車したタクシーが隣に並んだ時の視線には驚きましたが・・・。

筆者自身もスバル360やセリカLBに乗っていれば、じっと見入る人や携帯で写真を撮る人等など珍しいものでもありません。しかし、ベントリィのクラシックともなればその比ではありません。そればかりか、あの荘厳で優雅な外見のベントリィでは、セリカのように少々ラフな運転でも許容されるとも思えず、周囲からもエレガントに走ってるように見せるための「演出」も運転で意識しなきゃいけない等、つくづく難儀なクルマに思った記憶があります。


▲ドライビングのレクチャーを受ける筆者、白手袋とジャケットで格好だけのショーファーを気取っていますがだいぶ肩に力が入ってます。後部座席のご主人の秘匿性を優先した小さなリアウィンドーではこの小さなルームミラーで後方視界を期待するというのが無理な話です

ベントリィのリアシートの意味


市内を30分ほどレクチャーを受けながら走った後、今度は筆者一人でこのベントリィを運転します。ちなみにこの介助者の方、実は購入後それまで一度もリアシートに座って走っている所を経験した事が無く、今回が初めてとのこと。つまりその重責のを任せるための白羽の矢が立ったのが筆者だった……という事でもあったのです。

ここからは筆者はナイトクルーズのショーファーを任されます。ベントリィの操作に慣れた所で、今度は名古屋高速をハイウェイクルーズです。本来なら名古屋高速も60km/h制限なのですが、このテの都市高速の他聞に漏れず実質100km/h近い速度で流れています。筆者の腕ではせいぜい50マイルラン(≒80km/h)がやっと、環状線のカーブでは30マイル(≒50km/h)近くまで減速しないと曲がることが出来ず、とてもではないですが60マイルラン(≒100km/h)など無理でした。正直なところ、大型免許を取得するときに乗ったいすゞフォワードの5t車のほうがまだ乗りやすかったくらいです。ちなみにスペック的には100マイルランも可能なくらいの動力性能を備えているらしいのですが、このクルマでそれを試そうなどという気は微塵も起こりませんでした……

名古屋高速を2周ほどさせてもらったのち、今度はこのクルマの本来乗るべきシート……リアシートに座り、クルーズを堪能させてもらうことに。実をいうとこの知人がこのベントリィを購入した当初から何度も乗せてもらう機会はあったのですが、筆者にはあのリアシートにだけはどうしても座る気になれませんでした。その昔「ロールスロイス・ファンタム4の購入時には身辺調査の審査があった」とまことしやかにいわれていますが、あのベントリィを前にするとそのオーラに圧倒され「自分はこのクルマに相応しくない」という気持ちに負けてしまい、どうしても座る気になれなかったのです。もっともそれが「ショーファードリブンカー」という概念に興味を持つきっかけともなったのですが……。

このクルマの運転席からリアシートに移動して最初に思ったのが、イギリスにいまも根強く残る「階級社会」という社会通念というものでしょうか。クルマ一台にしても運転席とリアシートでかくも違うのかというくらいの搭乗者への扱いの違いを実感することになったことを今でも覚えています。その時の筆者の第一声は

「このクルマの前席と後席の間は『階級』という名の壁で隔てられている」

でした。このS1にはありませんでしたが、ロールス・ベントリィのロングホイールベースモデルに装備されているパーティションガラスはその「階級の壁」の最たるものかもしれません。

リアシートに座ると、このベントリィほど快適で乗り心地のいいクルマにはまだ出会ったことがありません。どのような座り方をしても、座面が体と姿勢に合わせてくれるコノリーレザーのシートは「椅子の文化の国の人が作る王様が座るための椅子」を身をもって知ることが出来たと言ってもいいでしょう。プリセット機能付きの6ウェイパワーシートなど、ただの小手先のごまかしとさえ思えたくらいです。リーフリジットのリアサスペンションにも関わらず、ジャダーを発生させることも無く車内には路面の凹凸も振動も伝わってきません。氷の上を滑るように走るあの乗り心地、エアサスもアクティブサスペンションも無いどころか旧態以前としたリーフリジットサスペンションでどうしてあの現行車をもしのぐ快適な乗り心地が実現できたのか……凄いとか贅を尽くしたというより先に筆者には「不思議なクルマ」という印象を残してくれました。





ロールロイス・ベントリィというクルマの性格上、もしかしたら過去にはこのシートの上で一つの国を左右しかねない密談があったのではないかとか、決して公にはできない情事があったのではないか……そんなことに思いを馳せたりもしました。

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最新技術や数値上のスペックとは違う何か


このクルマに乗った時ほど「高級車とは何か」を考えさせられたことはありません。同時に「クラシックカーや名門ブランドのクルマには、最新技術や数値上のスペックをぶつけた所で敵わない何かが必ずある」ということを確信した瞬間でもありました。国産車が技術や数値上のスペックで欧米のクルマを凌駕するようになっても、バックグラウンドの文化では日本車はまだまだ苦しい戦いを強いられているさなかにいる、そう確信したのがこの時でした。

しかし、そんな儚い夢のようなクルーズも終わりが近づいてきます。「まだ排ガス規制やオイルショックとも合理化やコストダウンとも無縁でいられた時代を謳歌出来たクルマたちも最後はこんな感じで夢の終わりを迎えたのだろうか……」ふと、そんなことをニューモデルが埋め尽くす路上を車窓ごしに眺めながら思いました。

そして漆黒の巨大な車体が待ち合わせたパーキングに戻り、金庫の扉のような重厚なドアが開いた時、それは無情にも泡沫の夢の時間が終わりを告げた事を意味していました。でも、それ以上にあのクルマを手放さざるをえなかった知人の方がもっと辛かったのかもしれません。

その意味では、まだ辛うじて庶民のささやかな(?)夢の続きを見ている事ができている筆者は恵まれているのかもしれませんが。(苦笑)



その後、某有名ロールスロイス専門店のHPでこの車両が売られているのを見ましたが、なんとも複雑な思いにかられたことを記憶しています。その後のこのベントリィの所在は筆者の知るところではありませんが、まだあのベントリィがこの地にある限り、またあの夢の続きを見る事ができるかもしれない……今でもそんなことを時折思う事があります。

[ライター・カメラ/鈴木修一郎]

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