更新2026.03.28
プラレール号の記録簿 vol.25:エキサイティングポルシェ2026にエントリー
松村 透
2026年3月15日(日)、横浜赤レンガ倉庫で開催された「エキサイティングポルシェ2026(EXCITING PORSCHE/略称:EXP)」に、取材を兼ねて参加してきました。
■エキサイティングポルシェ(EXP)、約150台分のエントリー枠はまさに争奪戦
エキサイティングポルシェ(EXP)は、かつてはエキサイティングポルシェミーティング(EPM)というイベント名でした。2018年に開催された第11回目から現在のイベント名に変更されています。
イベントのホームグラウンドは横浜赤レンガ倉庫ですが、2019年にはジーライオン ミュージアム(大阪)で開催されています。そして前回のエキサイティングポルシェ2025は神戸にあるメリケンパークで開催されました。つまり、横浜赤レンガ倉庫での開催はおよそ1年半ぶりとなります。
何はともあれ、このイベントに参加するためにはエントリー枠を確保しなければなりません。しかも、この枠を押さえる難易度が回を増すごとに高くなってきているのです。
エントリー方法は先着順。とはいえ、エントリー開始時刻に参戦できない人もいるわけです。そのための処置なのでしょうか。数年前からエントリー方法が2回に分けられました。今回は先着100名分のエントリーを1回目の募集で行い、残りの50名は後日抽選という方式が採用されました。
先着100台分の枠は2025年10月5日(日)12:00受付スタート。年々、枠が埋まるまでの時間が短くなっており、今回もさらなる激戦を予想していたので、スタート前にPCの前でスタンバイ。
そしてエントリー開始。必要事項を記入していざエントリー。手際よく行ったものの、エントリー番号は37番でした。この時点では仮エントリーなので、エントリーフィー(5,000円)を指定された口座に振り込んで無事に正式エントリーとなります。ここまででわずか数分です。あとで確認したら、100台分の枠がわずか5分ほどで埋まったそうです。かつては数時間だったものが、いまや開始時間からわずか数分です。
次回(記念すべき20回目です)、初エントリーを目論んでいるポルシェオーナーさんは、申し込み開始と当時に手続きをしないと確実に出遅れます。どうにかやりくりをして時間を捻出してください(それが難しい場合は他の人に頼んででも)。あとは、仮エントリーのメールが確実に受信できるアドレスを用意しておいてください(自動的に迷惑メールに振り分けられる場合もあるので要注意です)。
■1年半ぶりの横浜赤レンガ倉庫開催
例年は11月に開催されることが多いエキサイティングポルシェ。なぜか雨が降ることが多いこちらのイベント。過去にもイベント当日が雨になり、エントリーを断念したことが何度かあります。エアコンがないプラレール号は、いちど窓ガラスが曇ると大変なのです。
今年は3月開催がよかったのでしょうか。イベント当日は文句なしの快晴。前日に開催された「LUFT TOKYO」とダブルヘッダーでエントリーしているオーナーさんも多く、この週末はかなり濃いポルシェウィークとなりました(他にも開催されていましたし)。それこそ、北は東北地方から、西は広島、南は熊本など、全国各地からポルシェオーナーが横浜赤レンガ倉庫に集結します。もちろん皆さん自走です。会場には朝早くからおよそ160台の新旧ポルシェが集まってきました。
おかげさまで何度かエキサイティングポルシェにもエントリーすることができているわけですが、たまたま横浜赤レンガ倉庫に足を運んだ親子連れ、なかでもプラレール号に関心を示してくれたお子さんはできるかぎり運転席に座ってもらうようにしています。この原体験がきっかけとなり、将来、ポルシェ(もちろん他メーカーでもいいのですが)を買うきっかけになってくれたらいいな、という想いからです。親御さんにとっても、家族で出掛けた思い出として記録に残せますしね。なかにはパパから「私もポルシェの運転席に座ってみてもいいですか?」とリクエストがあり、親子でプラレール号に乗ってもらうこともしばしばです。
この日は取材を兼ねているので、多くの時間は撮影(可能な限り全車撮りします)に費やします。と同時に「普段はなかなか会えないポルシェつながりの友人や知人」と会える貴重な機会でもあります。普段はSNSでお互いの生存確認はできているものの、直で会って話せるからこそ得られる情報がありますし、より関係性をより深めることができるように思えてならないのです。
■エキサイティングポルシェに参加してみて改めて気づいたこと
高校生のころから現在まで、気がつけば35年近くポルシェにどっぷりつかっている人生を送ってきてしまいました。ポルシェを通じて得られた人間関係や、人生の転機など。たまたま自分の場合はポルシェだったけれど、これがクラシックミニであったり、マツダ(ユーノス)ロードスターであったり、ランボルギーニであったり。多くのクルマ好きそれぞれに人生をともに歩んできたメーカーなり、モデルがあると思うのです。
イベント当日も、久しぶりに会えたポルシェオーナーさん、SNSではつながっていたけれど、ようやく会えた方など。取材が思うように進まないくらいたくさんの友人知人と会うことができましたし。幼なじみや学生時代の友人ともまた違う、趣味つながりの関係だけど、これはこれで自分にとってはなくてはならない人間関係であることを再認識しました。
ここでポルシェを卒業し、仮にフェラーリの世界に足を踏み入れたとしましょう。アラフィフになり、ここからもういちど濃密な人間関係を築いていくだけの覚悟が持てないのです。と同時に、少年時代からおじさん世代になるまで、ポルシェ911ほどの情熱が傾けらるクルマに出逢えなかったこともまた事実です。
「プラレール号を所有したままフェラーリ(仮)を増車すれば済む話じゃん」という声が聞こえてきそうです。もちろん、それができれば理想的です。が、趣味車を増やしたとて、乗る時間を捻出できない状況にあり、さらには新たな置き場所を確保しなければなりません。どちらにしても、プラレール号に割ける時間も必然的に減ってしまいます。現時点ではそれは避けたいんですよね……。
■プラレール号の記録簿、今回が最終回となります
外車王SOKENで続けてきたプラレール号の記録簿、突然ですが、今回が最終回となります。
外車王SOKEN、かつては「カレントライフ」という媒体名でした。この媒体に携わってきた11年間のあいだに、クルマを取り巻く環境も大きく変わったことを痛感します。振り返ってみると、初めて記事を公開した2015年当時はというと、プラレール号はボディのレストアは完了していたものの、まだドンガラの状態。エンジンの仕様も決まっていましたが、希望どおりのスペックになるかは未定という状況でした。
また、2015年の時点ですでに空冷エンジンを搭載した911は高騰しており、おいそれとは手が出せない状態だったことを覚えています。それにまつわる記事もたくさん書きました。いつか空冷バブルが弾けると信じて。しかし、弾けることなく高止まりのまま。コンディションの良い個体がつぎづきと海外へ流れ、海外で売られている911を見つけるたび「japan」と検索して日本に棲息していた個体かどうか確認するクセがついたしまったほどです。
実は、初代プラレール号がとある場所で売りに出されており、実車を観に行ったのもこの年でした。27年前に400万円で手に入れた個体がなんと2400万円(!)になっていて、しかも買い手がほぼ決まっているという状況ではありました。それでも、かつての愛車と再会できたことは良い思い出です。いまも日本にあるのでしょうか……。
最後になりますが、外車王SOKENで公開された記事がYahoo!自動車やsmart newsなどにも配信されることもあり、今回のエキサイティングポルシェ会場でも「いつも読んでるよ」と声を掛けていただきました。ありがたい話です。そんなわけで、外車王SOKENとして記事を公開するのは今回が最後ですが、今後は別の形でのんびりと連載を続けたいと考えております。これまでありがとうございました。また、どこかで。



