アイキャッチ画像
コラム

更新2020.08.21

工芸品と呼べるクルマを世に放ち続ける、パガーニという自動車メーカーとは

ライター画像

中野 ヒロシ

パガーニという自動車メーカーをご存知だろうか?創立したのは1992年と、その他の自動車メーカーと比較すれば圧倒的に若いメーカーなのだが、今やフェラーリやランボルギーニといったメーカーが作るスポーツカーに勝るとも劣らぬ性能を持ったクルマを生み出すメーカーだ。「勝るとも劣らぬ」と表現したが、価格やその中身を見れば、フェラーリやランボルギーニでは飽き足らない人のためのクルマと言っても過言ではない。


1999年にデビューしたゾンダ、2011年にデビューしたウアイラの2車種がパガーニによって世に送り出されたクルマだ。インターネット上のクルマ好きからは常に熱い視線が注がれていて、共有サービスには様々な映像や画像がアップロードされている。その特異さ、工業製品の範疇を超えた工芸品とも呼べる作品には多くの「いいね!」やコメントが集まる。パガーニの象徴とも言える飛行機のジェットエンジンのような4本出しマフラーは、エンスージアストならば、皆心揺さぶられる演出なのではないだろうか。

パガーニの名は創設者ホラチオ パガーニに由来している。ホラチオ パガーニは1955年11月11日にアルゼンチンで誕生し、1983年にイタリアへ渡るまでをアルゼンチンで過ごしており、その間にも既に頭角を現している。16歳でミニバイクを自作し、24歳ではF2マシンを制作しているのだ。その優れた才能はエンジニアリングに留まらずデザインにまで及ぶ。1983年にイタリアへ移住しランボルギーニ社で働くこととなるが、最初に任された仕事は工場のモップがけというから驚きだ。

その後、ランボルギーニ カウンタック エボルツィオーネという1台のみ作られたカウンタックの軽量化モデルの開発に携わる。カウンタック エボルツィオーネは、当時使われ始めたカーボンファイバーを用いた試験的なモデルで、外板のみならずシャシーも特別なものだった。最後のカウンタックとなる25thアニバーサリーや、ディアブロ SE30のスタイリングも手掛ける傍ら、ランボルギーニの様々な設計・製造に関わるエンジニアリングにも携わっている。写真はカウンタック エボルツィオーネと共に写る関係者の姿、一番右がホラチオだ。

その後、1991年にランボルギーニを退社し、CFRP製品の設計や製造を担うモデナデザイン社を設立する。エンジニアリング、デザインという双方の知見があったからこそ、最新のマテリアルに可能性があると信じて進んだのだろう。興味深い点としてホラチオは、リスペクトする人物としてレオナルド・ダ・ヴィンチを挙げている。レオナルド・ダ・ヴィンチが成し遂げた芸術と科学の高次元な融合を、企業のフィロソフィーやクルマ作りからひしひしと感じることができるのだ。ゾンダやウアイラ共に持っている美しさというのは、余計な装飾では無く機能美を突き詰めたものが生み出すものなのだ。ホラチオのここまでの紹介を読むと孤高の人と感じる人は多いだろうが、海パン一丁でウアイラを洗車しているお茶目(?)な姿も目撃されている。

モデナデザイン社ではランボルギーニやフェラーリ、日産といった自動車メーカーのみならず、アプリリアのような2輪メーカーからもCFRP製品の開発協力を行っている。そして1993年にはパガーニ初の市販車であるゾンダの開発がスタートし、1999年のジュネーブショーでゾンダ C12がデビューした。カーボン製のモノコックシャシーを採用していたのだが、市販車としてカーボン製のモノコックだったクルマは、当時マクラーレン F1とフェラーリ F50しか存在していない。当時の感覚で考えれば、とても先進的であっただろうし、それを小さなメーカーが成し遂げたのだから驚く人は多かっただろう。しかしここに至るまでの経緯を知れば、何ら不思議なことではない。

ウアイラ、ゾンダ共にミッドシップにAMG製のV型12気筒エンジンを搭載しているのだが、これは1950年代に5度もF1の頂点に立ったアルゼンチンの英雄ファン・マヌエル・ファンジオの協力によるものだ。ファンジオは同郷のホラチオの才能を早くから見出し、様々なサポートをしてきたのだ。特に自然吸気のV型12気筒エンジンを搭載するゾンダのサウンドは、理想的な等間隔爆発となる60度のバンク角であることもあり、65度のバンク角であるV型12気筒エンジンを採用する近年のフェラーリよりも甲高く澄んだサウンドなのだ!サウンド1つとっても、パガーニの存在を誇示させる演出として必要不可欠なものなのだろう。徹底的に突き詰められたチタン製のエキゾーストシステムも、まさしく機能美を体現したパーツの1つだ。





1999年にデビューしたゾンダ 12Cは5台しか製造されず、プロトタイプ的な扱いである。顧客への正式なデリバリーが行われたのはゾンダC12Sからとなる。その後もアップデートが繰り返され、7.3LのV12エンジンの出力は2002年に登場したゾンダC12Sの555馬力から、ゾンダ 760RSの760馬力まで増強された。サーキット専用モデルのゾンダ レボリューションはなんと800馬力。元々はW140型のSクラスに搭載されていたエンジンで1991年の登場時は約400馬力なのだから、同一のエンジンでも過給器を装着せずに2倍もパワーアップした計算になる。

スポーツカーの性能の指標として、今では欠かせないのがニュルブルクリンクでのラップタイムだが、ここではゾンダ レボリューションが2015年に6分30秒を記録し、世界最速の座に君臨している。

ゾンダはワンオフモデルが多数存在していて、そのオーナーはF1ドライバーのルイス・ハミルトンや、ゾゾタウンを運営するスタートトゥデイの社長である前澤友作氏といったセレブ達だ。ルイス・ハミルトンは普段はパドルシフトだからという理由であえてマニュアルトランスミッションを選択したゾンダ 760LHを所有している。前澤氏の所有するゾンダネーミングはゾゾタウンにちなみゾゾゾンダと洒落がきいている(笑)。


2011年にデビューしたウアイラは、機能美を追求する姿勢は変わらずに、新たなテクノロジーを取り込み、さらなる進化を遂げている。エンジンは新開発のターボエンジンとなり、730馬力を発揮。ゾンダの甲高いサウンドとは異なり、ターボエンジンらしい迫力ある吸気音やターボサウンドを奏でる。前後に設けられたブレーキングやコーナリング時に稼働するフラップが一番の特徴だろう。2016年の3月に開催されたジュネーブモーターショーにおいて、軽量化したウアイラBCが登場した。車重は標準のウアイラの1350kgから1218㎏まで軽量化し、800馬力までパワーアップしている。BCはパガーニの顧客であったスーパーカーコレクターのベニー・ケイオラ氏の頭文字なのだが、それにはこんな理由がある。

事業を成功させ世界有数のコレクターとなったベニー・ケイオラ氏なのだが、多くのクルマを所有してもなお、より良い車を求めていた。その中で出会ったのがパガーニだったのだ。ベニー・ケイオラ氏はパガーニの存在に大いに感銘を受け、ゾンダを2台所有するまでに至る。ホラチオパガーニの元にパガーニを称える言葉とともに社員と食事に行けるように、と小切手を添えた手紙を送ったそうだ。その後2010年にベニー・ケイオラ氏はガンのため亡くなってしまう。ウアイラBCという名には、双方の多大なるリスペクトの感情が込められているのだ。なんとも素敵な話ではないか。

パガーニの存在をスーパーカーとして括ってしまうことに抵抗はないかもしれない。しかしながら、70年代に日本を沸かせたスーパーカーとは趣の異なる存在であることは確かだ。圧倒的な性能を持っていることは共通しているが、そこに到達する過程での様々な拘りに対して人々は価値を感じているのではないだろうか。加えて、こうしたクルマが存在できる背景には富裕層の拡大といった要素があるはずだ。しかしホラチオはそんなことを気にせずとも、21世紀を舞台として情熱をこめた作品を世に送り出していただろう。

[ライター/中野 ヒロシ]