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更新2020.11.30

公開2020.11.30

今の若者にもっとクルマが好きになってもらうために…お父さん世代ができることは?

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ryoshr

過去の自分と比較して「最近の若者がしなくなったことが多い…」と年配者が嘆くのは、いつの時代も変わらないのかもしれない。「あの頃のオレ達はあんなに楽しかったのに、今の若者はどうしてこの楽しみを理解しないのだろう?」といった具合に、年配者は若者文化や考え方を理解できないものだ。

いや、よくよく考えてみると、本当に理解できないのだろうか?そこにはおそらく何らかの理由があるはずだ。



もしかしたら、原因の一端は自分たち(年配者側)にあるかもしれない。それならば、改善案を考えてみてもいいかもしれないと思いはじめた次第だ。余計なこととは知りつつも、今の若者たちがクルマから離れていってしまった理由を、自分たち、いわゆるお父さん世代が楽しんでいたときのことを振り返りつつ、逆算して考えてみようと思う。

■かつて、クルマに関するメインの情報収集源は雑誌だった



インターネットが一般的になるまで、雑誌がクルマ関係のメインの情報収集源だったと思う。

分厚くて、つるつるの紙が表紙に使われた月刊誌がいくつも発刊されていた。「CarMgazine」を筆頭に「LEVOLANT」「OldTimer」「NostalgicHero」「Tipo」、そして車種別の月刊誌(隔月誌もあった)がたくさん発行されていて、発売日から数日は本屋さんの自動車雑誌コーナーには立ち読みする人で混雑していたのを記憶している人も多いと思う。オーソドックスな自動車雑誌以外にも「Cal」や「GENROQ」など少々尖った(笑)ターゲットを狙ったものや、「ホリデーオート」など古典派向け、「オートメカニック」など整備に振った雑誌など、クルマという枠だけではくくれない、様々な雑誌があった。

それらの雑誌に載っていたメーカーやお店の広告で自分の好きなジャンルのクルマの新車・中古車の価格の相場をなんとなく理解し、「売ります買います」コーナーで個人売買の車両やパーツの相場も把握していたように思う。

クルマが好きな人々の情報収集のソースが雑誌からネットへ移行したと思われるタイミングと、「旧車」の価格高騰のタイミングが似たような時期だったことは因果関係を表すものではないかもしれないが、無関係でもないのでは、と感じている。

情報の供給量が少ないと、情報を求めてさらに雑誌を読むようになっていったが、ネットからの情報が飽和してくると、自らの意思で情報を取りに行かなくてもある程度の情報が提供されてしまう。その結果として、クルマに対する情熱を燃やせなくなってしまったのではないだろうか。情報が増えることは悪いことではないのだが…。

■いつしか、情報収集の主流はネットに



車両本体や部品の個人売買の主流がネットオークションになっていった一方で、雑誌の「売ります買います」コーナーは一気に元気をなくしていったと感じている。まずは掲載までの速度感、そして売買の安全性という面もあっただろう。ネットに変わっても、支払いに関するトラブルや名義変更に関するトラブルはゼロになったとは言わないが、オークション運営会社が入ることによってだいぶ安全に進められるようになったことも事実だ。

何より、売り手の値付けよりも買い手の値付けが優先されることが、受け入れられる要素でもあったかと思う。

結果として成約するケースのだけを見ていると、相場が少しずつあがってしまった気もしている。どうしても欲しい人は「ちょっと高いかな」と感じても入札してしまうことが積み重なったのかも…と思っている(高くなったことを裏付けるデータはないのだが)。

オークションは売買した当事者だけではなく落札金額が公開されるため、車種や程度に関する相場の指標として広く参考にされるようになった。検索もできるので、自分が欲しいと思っているクルマがいくらくらいで取引されているかがわかるようになった。これはこれで悪いことではないだろう。

しかし、思ったよりも高値で取引をされているのを見つけてしまった場合、安い「出物」を探すことをあきらめがちになってしまう可能性はあると思う。例え相場より安い出物を発見しても、どこかに問題を抱えているかもしれないと勘ぐってしまい、さらに行動が制限されてしまうような気がしてならないのだ。

■かつてはクルマ自体もいじりやすかった



最近のクルマのように、電子制御が多用されたり、電動の部品が増えてしまう以前の、単純な構造のクルマの方がいじりやすかったことは間違いない。

(それが合法的か合理的かという問題をいったん棚に上げ)「車高を下げる」という行為のみを考えた場合、昭和のクルマはサスペンションのバネを切ることで簡単にその結果を手にいれることができた。車種によって、何巻(なんまき)カットするとカッコいいかなんて話(当然ホイールやタイヤのサイズとのマッチングも含め)もされていたり、短く切ったバネをセットして、クルマをあげていたジャッキをおろしたら、ジャッキがぬけなくなる…といったエピソードは当然笑い話ではある一方で、武勇伝扱いされることもあったのも事実だ。

今のクルマで車高を下げようとすると、その車種それぞれの方法で専用の部品を購入し、交換もその道のプロフェッショナルに任せないとできないようになってしまった。これでは車高を下げる人が減ってしまうのは当然だ。車高を下げることがクルマを愛することだという気は毛頭ない。しかし、今のクルマのいじりにくさを象徴する話ではあると思う。エンジンルームもきれいに見せるためのカバーなど装着されておらず、むしろ隙間がたくさんあるおかげで部品の交換や追加は簡単だった。

そして、ドライバーとクルマがもっとも接触するステアリングも交換が簡単だった。最近のクルマをレンタカーで借りた際に装着されていたステアリングは、たくさんのオーディオやナビの操作用のボタンがついていた。

しかも、同じ機能のボタンがステアリング以外の場所にないではないか。そのボタンがないと機能しないものもあり、もはやクルマ自体がステアリングの交換を拒否しているかのようだった。こういうクルマを所有してしまうと、そもそもステアリングを交換しようなんて発想自体が湧いてこないのではなかろうか。また、エアバッグの義務化もステアリング交換の大きなハードルになっていることも否定できないように思う。

昭和のクルマの場合の困りごとといえばステアリングとクルマをつなげる「ボス」がなかった‥といったレベルだった。それでも、たいていの場合はアダプターがあり、どうにか解決できたものだ。往年のクルマ好きであれば「NARDI-momoアダプタ」と聞いてニヤリとする人も少なくないはずだ。

ドライバーが運転中にもっとも接触するパーツであるステアリングのカスタマイズが許されないとなると、クルマをいじろうという情熱にも影響が出てしまと思う。クルマをいじれないということは、もはやクルマを移動手段にしか見られなくなってしまうのではないかと心配するほどだ。

■今の若者にもっとクルマが好きになってもらうために…お父さん世代ができることは?



本心から言えば、旧いクルマ(ガソリン車だと初度登録から13年超)に対する重課税を撤廃、もしくは割引することで、若者がクルマを、ひいては旧車を楽しみやすくしてほしい、という思いがある。それが難しいのであれば、提案としては2つ。ひとつはメーカーさんへのお願い。ぜひ、シンプルかつ小型軽量で、運転が楽しいだけでなく、いじりやすく、安くて安全なクルマを作っていただきたい。さらに税金だけではなくて、いろんな業界が協力して燃料費や保険料も優遇して維持費を下げ、とにかく若者にたくさん乗ってもらえるクルマを作っていただきたいのだ。そうすることによって、将来の需要喚起にもなるはずなので、損な投資にはならないはずだ。



そしてもうひとつ、もはや若くない人たちが、若い人のクルマの購入やメンテナンスに関する優しいフォローやサポートをしてあげて欲しい。例えば、職場や地域で、はたまた道の駅など、クルマに興味のありそうな若者が少々失礼な聞き方だったとしても、なにか聞かれたら、優しく答えてあげるようにして欲しい。そういう草の根的な事も心がけて、若者がクルマに戻ってくるような流れを作れれば、と願ってやまない。