テクノロジー
更新2017.05.26
EV(電気自動車)の普及で既存の自動車ブランドは消滅するのか?
海老原 昭
▲日本で最も売れているEV。EVは今後、従来の自動車とはさらに異なる構造に進化していく
電気自動車はアジア圏で台頭する
四輪車ではなく自動二輪車の話になるが、昨今中国を中心に、電動バイク(電動自転車)の電動化が急速に進んでいる。中国では電動スクーターが1000元前後(約1万1000円程度)から購入でき、16歳以上なら運転免許も不要で誰でも乗れるということで、庶民の足として、今や9000万台以上、自転車以上に普及していると言われている。交通ルールを守らず事故が多い、違法改造が多いなどの問題もあるようだが、それ以上に利便性の高さから、都市部では欠かせない存在になっている。ベトナムやマレーシアなどの東南アジア諸国でも中国製の安価な電動スクーターが販売されており、電動スクーター需要はアジア全域に広がる勢いだ。
電動スクーターが普及した背景には、環境汚染や原油価格の高騰と、それに伴うガソリン車やバイクに対する交通規制といった側面がある。こうした流れは自動車にも波及しており、特に東南アジアでは、庶民の足である3輪自動車の電動化が政府の政策としても推進されている。四輪車やトラックなどが電動化されるにはまだまだ時間がかかりそうだが、二輪・三輪の電動化はアジア圏から急速に進んでいるのだ。
EVの製造はスマートフォンと同じ?
これまで、自動車産業というのは新規参入が難しい業界だった。製造工場への投資が数百億円以上かかり、世界的に特許でがんじがらめにされているエンジンなどを内製しようと思うと、相当な規模の台数を販売するか、台数は少ないが、価格も高く、1台あたりの利益率が高い高級車路線に走るしかない。従って新規にブランドを起こすより、古いブランドを買収したり、経営の傾いた自動車メーカーを買収したほうが効率がよかった。
そこに風穴を開けたのが米テスラモーターズだ。シリコンバレーの名だたる成功者たちから出資を募り、巧みな広告戦術とハイエンドスポーツカーから展開する販売戦略、エコ志向と合わせて注目を集めることでブランドの立ち位置を確立。わずか10年あまりで高級車ブランドの仲間入りを果たした。
▲Tesla Model Sは同社初のセダンタイプ。レクサスなどと競合する価格帯の高級モデルながら、販売は好調なようだ(テスラ公式サイトより)
テスラのように自動車産業の経験がない企業が躍進できた理由は、もちろん優秀なエンジニアチームがいたこともあるが、電気自動車には内燃機関などの内製部品がほとんどなく、ほとんどの部品を外注できたことにある。内製部品が少なければ開発費は抑えられるし、得意とするソフトウェアや電池、モーターなどの開発に集中できる。
そもそも内燃機関の自動車と電気自動車では、必要な部品点数が大幅に異なる。自動車メーカーを頂点に、関連の部品メーカーを多数従えたピラミッド構造を構成する必要はない。元はバッテリーメーカーの子会社である中国のBYDのように、ひとつでも得意な分野があれば優位性を打ち出せるため、家電メーカーなどの参入も容易だ。
▲表:エンジン自動車と電気自動車の部品点数の違い
吸排気系や駆動系がほとんど不要で、冷却系なども簡素な作りに抑えられる。トータルとしての製造コストは電気自動車が有利になりうる
今や家電やパソコン、スマートフォンに至るまで、基本的なスペックだけを決めれば、必要な設計と製造を担当してくれる専門のメーカーがいくつも存在する状況だが、電気自動車の普及が進めば、こちらもやがて設計/製造専門のメーカーが現れる可能性が高い。電気自動車が普及するということは、これまでの自動車産業の垂直統合型の構造が、水平統合型に変革していくことに他ならない。
既存のブランドは生き残れるか?
テスラという新興メーカーが一定のブランド価値を生み出すに至ったわけだが、ここにさらにアップルやGoogle、Microsoft、ソニー、パナソニックといった世界的ブランドが参入してきたとしたらどうだろうか。もちろんトヨタやVWといった世界的メガブランドはそう簡単には揺るぐまいが、これがもっとマイナーなブランド、たとえばホールデンやセアトだったらどうだろう。何か特化した特徴でもない限り、存在感を失ってしまうのではないだろうか。
もちろん、新興メーカーが既存ブランドを買収し、自分たちの看板として使うことも考えられる。その場合ブランドとしては生き残れるが、内容としてはまったく違ったものになるだろう。
かつてT型フォードが自動車市場を席巻するまで、米国には69もの自動車メーカーがあったが、T型フォードの登場後、わずか7年後には半減したという。このような大掛かりな業界再編が、100年の歳月を経て再び起きるのか、注目したい。
[ライター/海老原昭]