
テクノロジー
更新2017.05.26
ディープラーニングは必要ない?自動運転の未来は天才ハッカーが切り開く

海老原 昭
自動車メーカーのみならず、IT企業や大学・研究機関なども交えた一大ムーブメントとも言えるのが、先進運転システム(ADAS)や自動運転車の開発だ。実は、単純に決まったルートを走行させるだけであれば、自動運転車の実現はさほど難しくない。しかし、これが日々刻々と変わる天候や周囲の交通環境、飛び出し、信号などを考慮して事故を起こさないようにとなると、極めて難しくなってくる。今の開発の主流は、演算能力の非常に高いシステムを使って人工知能による学習(ディープラーニング)を繰り返し、自動車にもパワフルなコンピュータを搭載する、というのが定石だ。
しかし、己の才能だけを武器に、こうした大企業たちと対等に自動運転車を開発している人物がいる。ジョージ・ホッツ氏、26歳。弱冠17歳でiPhoneやプレイステーション3を世界で初めてハッキングし、一躍名を馳せた天才ハッカーだ。

(Comma.aiサイトより)
ホッツ氏は昨年から自動運転車に興味を示し、わずか数カ月の開発期間と簡素な設備(ベースカーの購入を含めて4〜5万ドル)で、実際に公道で実走する様をメディアに公開してみせた。多額の資金とリッチな装備を惜しげもなく投入する自動車メーカーとはあまりに好対照な成果だ。こうした成功を受けて、ホッツ氏が自動運転車の開発に向けて設立したベンチャー企業「Comma.ai」社は4月10日には米国でも最大規模のベンチャーキャピタルであるアンドリーセン・ホロウィッツから310万ドル(約3億4000万円)の資金調達に成功している。ホッツ氏は「1000ドル程度で自動運転キットを発売したい」としており、その夢へ向かって一歩前進した形だ。
もっとも、世間の反応は必ずしも好意的なものばかりではない。ホッツ氏の才能に惚れ込んで自社にスカウトを繰り返し、自動運転車の開発についてはホッツ氏と賭けを行っていた、米テスラモータースのイーロン・マスクCEOは、ホッツ氏が公開した自動運転車のデモ走行を「インチキだ」と一蹴。というのも、現在の常識からすると、あまりに貧弱な装備で自動運転が行われているからなのだ。
現在の自動運転開発に関するシステムは、自動車の各所に取り付けられたセンサーやカメラ類からの膨大な情報量をすばやく処理できる高速なコンピュータを自動車に搭載し、そうして集められた莫大なデータを、巨大なサーバーやデータセンターの人工知能を使って解析する「ディープラーニング」で処理。その結果生まれたアルゴリズムを元に走行を繰り返し、再びデータを収集して…という繰り返しになっている。解析を担当するサーバーはもちろんだが、自動車に搭載するコンピュータも、高解像度の映像をリアルタイムで処理する都合上、極めて高性能なものが要求される。単純にCPUで処理しようとすれば、現在市販されているWindows PC用の最上位のプロセッサが必要となり、消費電力や冷却がとても間に合わない。映像処理に最適化されたGPUを使った車載向け製品がようやく登場してきたというところなのだ。

▲米NVIDIA社の車載GPUコンピューティング製品「DRIVE PX」。これ1台でひと昔前のスーパーコンピュータ並みの演算性能を持つ
ところが、ホッツ氏のシステムでは、米インテル社の「NUC」という小型コンピュータを中心に、数台のカメラだけで構成されている。ほかのシステムが利用している音波やレーザーなどの高度なセンサーは使われていない。映像処理も、常識で考えればNUCの性能では、とてもカメラ数台の映像をリアルタイム処理できるわけがない。常識で考えれば、マスクCEOがインチキと断ずるのもやむをえないのだ。

▲自動運転中、コンピュータは映像をリアルタイムでオブジェクト認識し、危険度に合わせて色付けし、動きや位置などを確認している
もし可能性があるとすれば、力ずくですべてのデータを処理し、演算パワーでねじ伏せるディープラーニングに対し、どう考えても不要そうな部分は最初から処理をせず、運転に必要な部分だけを処理する、超効率的なアルゴリズムを開発した、という場合だ。そんな好都合なものがあるのか、という疑問もあるだろうが、たとえば三菱電機はディープラーニングにおける演算量を約10分の1に減らせるアルゴリズムを発表している。

▲三菱が発表した小型機器向けの「軽い」人工知能。将来的には演算量を100分の1に削減できる見通しという。これなら処理能力が低いNUCでも安心できる(三菱電機サイトより)
ディープラーニング自体が比較的新しい技術であり、アルゴリズムの確認に比較的時間がかかる(数日〜数週間が基本サイクル)こともあり、現在よりはるかに効率的なアルゴリズムの登場は夢物語ではない。あるいはすでにホッツ氏はそのような効率的アルゴリズムを考案しており、それを武器に打って出るつもりではないだろうか。ホッツ氏はすでに「ターゲットはグーグルとテスラ」と、テスラへの対抗意識を表している。
自動車業界という古く巨大な怪物は、イーロン・マスクという一人の天才によって強烈な楔を打ち込まれたばかりだが、その天才がまた別の天才によって手痛い一撃を受けるとすれば、なかなかに皮肉なものがある。果たしてどちらの天才に軍配が上がるのか、非常に楽しみだ。
[ライター・写真/海老原昭]
しかし、己の才能だけを武器に、こうした大企業たちと対等に自動運転車を開発している人物がいる。ジョージ・ホッツ氏、26歳。弱冠17歳でiPhoneやプレイステーション3を世界で初めてハッキングし、一躍名を馳せた天才ハッカーだ。

(Comma.aiサイトより)
ホッツ氏は昨年から自動運転車に興味を示し、わずか数カ月の開発期間と簡素な設備(ベースカーの購入を含めて4〜5万ドル)で、実際に公道で実走する様をメディアに公開してみせた。多額の資金とリッチな装備を惜しげもなく投入する自動車メーカーとはあまりに好対照な成果だ。こうした成功を受けて、ホッツ氏が自動運転車の開発に向けて設立したベンチャー企業「Comma.ai」社は4月10日には米国でも最大規模のベンチャーキャピタルであるアンドリーセン・ホロウィッツから310万ドル(約3億4000万円)の資金調達に成功している。ホッツ氏は「1000ドル程度で自動運転キットを発売したい」としており、その夢へ向かって一歩前進した形だ。
もっとも、世間の反応は必ずしも好意的なものばかりではない。ホッツ氏の才能に惚れ込んで自社にスカウトを繰り返し、自動運転車の開発についてはホッツ氏と賭けを行っていた、米テスラモータースのイーロン・マスクCEOは、ホッツ氏が公開した自動運転車のデモ走行を「インチキだ」と一蹴。というのも、現在の常識からすると、あまりに貧弱な装備で自動運転が行われているからなのだ。
現在の自動運転開発に関するシステムは、自動車の各所に取り付けられたセンサーやカメラ類からの膨大な情報量をすばやく処理できる高速なコンピュータを自動車に搭載し、そうして集められた莫大なデータを、巨大なサーバーやデータセンターの人工知能を使って解析する「ディープラーニング」で処理。その結果生まれたアルゴリズムを元に走行を繰り返し、再びデータを収集して…という繰り返しになっている。解析を担当するサーバーはもちろんだが、自動車に搭載するコンピュータも、高解像度の映像をリアルタイムで処理する都合上、極めて高性能なものが要求される。単純にCPUで処理しようとすれば、現在市販されているWindows PC用の最上位のプロセッサが必要となり、消費電力や冷却がとても間に合わない。映像処理に最適化されたGPUを使った車載向け製品がようやく登場してきたというところなのだ。

▲米NVIDIA社の車載GPUコンピューティング製品「DRIVE PX」。これ1台でひと昔前のスーパーコンピュータ並みの演算性能を持つ
ところが、ホッツ氏のシステムでは、米インテル社の「NUC」という小型コンピュータを中心に、数台のカメラだけで構成されている。ほかのシステムが利用している音波やレーザーなどの高度なセンサーは使われていない。映像処理も、常識で考えればNUCの性能では、とてもカメラ数台の映像をリアルタイム処理できるわけがない。常識で考えれば、マスクCEOがインチキと断ずるのもやむをえないのだ。

▲自動運転中、コンピュータは映像をリアルタイムでオブジェクト認識し、危険度に合わせて色付けし、動きや位置などを確認している
もし可能性があるとすれば、力ずくですべてのデータを処理し、演算パワーでねじ伏せるディープラーニングに対し、どう考えても不要そうな部分は最初から処理をせず、運転に必要な部分だけを処理する、超効率的なアルゴリズムを開発した、という場合だ。そんな好都合なものがあるのか、という疑問もあるだろうが、たとえば三菱電機はディープラーニングにおける演算量を約10分の1に減らせるアルゴリズムを発表している。

▲三菱が発表した小型機器向けの「軽い」人工知能。将来的には演算量を100分の1に削減できる見通しという。これなら処理能力が低いNUCでも安心できる(三菱電機サイトより)
ディープラーニング自体が比較的新しい技術であり、アルゴリズムの確認に比較的時間がかかる(数日〜数週間が基本サイクル)こともあり、現在よりはるかに効率的なアルゴリズムの登場は夢物語ではない。あるいはすでにホッツ氏はそのような効率的アルゴリズムを考案しており、それを武器に打って出るつもりではないだろうか。ホッツ氏はすでに「ターゲットはグーグルとテスラ」と、テスラへの対抗意識を表している。
自動車業界という古く巨大な怪物は、イーロン・マスクという一人の天才によって強烈な楔を打ち込まれたばかりだが、その天才がまた別の天才によって手痛い一撃を受けるとすれば、なかなかに皮肉なものがある。果たしてどちらの天才に軍配が上がるのか、非常に楽しみだ。
[ライター・写真/海老原昭]