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メンテナンス

更新2021.04.10

吉田一郎さん(64歳)の愛車、約60年間生産されたインドの国民車・ヒンドゥスタン アンバサダーが復活を遂げるまで

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野鶴 美和

筆者が取材でいつもお世話になっている『吉備旧車倶楽部』の代表で整備士の西栄一さん(66歳)から「自宅ガレージで、ある旧車を修理することになった」と連絡をいただいたことが取材のきっかけでした。西さんはホンダ T360・マツダ シャンテを所有。旧車の整備を得意としています。

目の前に佇んでいたのは、ヒンドゥスタン アンバサダー。インドの自動車メーカー・ヒンドゥスタン モーターズ社によって1950年代から2014年まで、50数年間もデザインの変更なく生産されたクルマです。長年にわたって公用車やタクシーなどに使われてきたことから“インドの国民車”とも呼ばれています。

■オーナーが“ひと目惚れ”したアンバサダー


アンバサダーのオーナーは、吉田一郎さん(64歳)。

吉田さんがアンバサダーと出逢ったのは、偶然参拝に訪れた『由加山 蓮台寺』。境内に展示してあった個体を目にしたそうです。愛らしい丸目ライトと無骨なスタイルに惚れ込み、全国を探し回ってようやく同じボディカラーの個体を手に入れて楽しく走らせていたところ、原因不明の故障により不動となってしまいました。

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▲左からアンバサダーのオーナー・吉田一郎さん、修理を行った整備士・西栄一さん(手前)、西さんの友人・古谷啓通さん(奥)

車検証によるとこの個体は、日本での初年度登録が平成6年だそうです。エンジンは最終型といわれる、いすゞ製の1817cc『3E型』を搭載。型式は不明です。トランスミッションはMT。モデルとしては最終型寄りの個体かもしれません。
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■納車して快調だったのは、わずか4ヶ月間


「2020年3月にアンバサダーが納車され、快調に走っていたのですが6月のある日、川の土手を走行中に動かなくなってしまいました。走行中に40km/hほどのスピードでしか走らなくなり、そのまま止まってしまったのです。後日、複数の工場で診てもらったのですが原因がわからず悩んでいたところ、旧車の修理に強い西さんを紹介していただきました」

と吉田さん。アンバサダーが納車されて快調に走った期間は、わずか4ヶ月間でした。

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▲重厚な外観。悪路の多いインドを駆けていたのだろうか

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▲ベースとなったのは英国車のモーリス オックスフォード シリーズⅢといわれている

修理を担当した西さんに、今回の修理を行った感想から伺いました。

「今回の修理では、さまざまなファクトリーから出た見解に戸惑う部分がありながらも、アンバサダーというクルマに興味も湧き、楽しく修理を行うことができました。私なりに『始動の三要素(電気・燃料・圧縮)』を基本としながら、一つひとつ点検して記録しながら作業を進めていきました。目視で確認できる燃料系統から、電気系統、圧縮圧力へ。点火系では、スパークプラグにどれだけ強い火花が出ているかを診ました。旧車の修理としては決して困難なものではありませんが、この不具合を初期に気がついていれば、こんな長期間の修理にならなかったのではというのが、正直な感想です」


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■点検で判明した不具合


アンバサダーの修理を担当した西さんは、修理前の点検をこう振り返ります。

「吉田さんによると、このアンバサダーを複数のファクトリーで診てもらったそうですが、言われたことの多くが『エンジンの圧縮圧力が低いので、エンジンのオーバーホールを行ってピストンリングを交換すれば始動するのでは』とのことでした。そのことをふまえて、最初に燃料がキャブレターまで来ているかどうかを点検しました。通常ならエンジンキーをONにするとポンプが作動し、ゆっくりと一定なリズムを刻みながら燃料をキャブレターへ圧送。フロートレベルに達すると駆動音が『カチ・カチ』と変化したり、圧送が止まります。しかし、エンジンキーをONにしてもその動きが確認できなかったため、燃料が漏れているかエアを吸っているかを疑いました」

と西さん。アンバサダーに起こっていたトラブルをくわしく伺いました。

「ひととおり点検を行ってわかったことは、経年劣化による不具合と、この個体が吉田さんの手に渡る間にさまざまな修理が行われていたことでした。旧車の整備は『当時の状態』『修理はどうしていたのか』を紐解き、それをふまえた“現代の修理”を行いますが、アンバサダーを点検してみると私なら選択しない処置が散見されました」

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▲①フューエルポンプ ②フューエルフィルターのインとアウトが逆 ③フューエルホースに亀裂


■フューエルホースに亀裂が発生
ポンプ(①の部分)からキャブレター間のホースと、キャブレターからフューエルタンクへの戻りが接触していたため亀裂が発生(③の部分)。交換となりました。

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▲亀裂からガソリンが漏れていた[写真提供/西栄一]


■フューエルフィルター取付ミス
フィルターは3ケ所の取付がありました。タンクから車両に1個、フューエルポンプ下部に内臓タイプで1個。そして、キャブレター間に新たに増設されたものが1個。この増設されたフィルターが入口と出口が逆になっていたうえ、不要な増設だったので外されました(②の部分)。

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▲3個目のフィルターを取り外したところ、日産製が使われていた。うっすらと『イン・アウト』を示す矢印が残っている


■吸排気バルブのクリアランス調整
「圧縮が低い」という話があったため、インレットバルブとエキゾーストバルブのすき間を調整。

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▲各バルブクリアランスを大きく調整するか小さく調整するかでバルブが閉じている時間を調整(バルブタイミングでオーバーラップ)[写真提供/西栄一]

■スパークプラグ選択ミス
「火花が弱かったので、現代品(イリジウムプラグ)に交換されたと思われます。おそらくエンジンの始動が良くなると判断したのでしょう。現代のプラグは、クルマに合ったスパークプラグを使用しますが、旧車においては注意が必要です。キャブ車とインジェクション車で判断しながら、着火ミスをしないように気をつけています。なるべく当時の設計に合ったものを使ったほうが良いと思います」と西さん。


■不動になった原因はイグニッションコイルの不良


エンジンが始動しなかった原因が判明しました。イグニッションコイルが使い物にならなくなっていたためです。アンバサダーに使われているコイルは、通称『GTコイル』と呼ばれるレジスター(抵抗器)のあるものに、トランジスタ(イグナイター)を取付し、フルトランジスタ仕様にしてあるものでした。

「スパークプラグの火花が弱かったため、コイルの端子にテスターを当てて一次側の抵抗値を測定したところ、3Ωという異常な数値を示しました。コイルが溶けているのもわかりました。これは漏電によってスパークプラグに電気を飛ばせず、近いマイナスの場所へ飛んでしまったことで起こっています」

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▲通常(レジスター付)の抵抗値は1.5〜2Ωほどであることが多いが、測定してみると3Ω(レジスターなしの値)と表示されたため異常と判断

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▲コイルの先端が漏電によって溶けているのがわかる[写真提供/西栄一]

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▲イグナイターはアンバサダーのものを生かしてコイルのみ交換。純正品に近いトヨタ車に使用されている現代品を使用(1992年製)。配線カプラーは汎用品を加工組み替えにて使用

最後に、西さんからアンバサダーを含めた旧車への接し方を伺いました。

「アンバサダーに限らず、旧車にはオーナーのクセがついていたり、現代の感覚で扱うと思わぬ部分が壊れたりします。部品の劣化具合を把握してあげること、クルマに無理をさせないことを心がけていただければと思います。アンバサダーなら、例えばワイパースイッチがシーソータイプになっていますが、強く押すと壊れてしまうこともあります。やわらかいタッチで押せばきちんと作動してくれます。寄り添うように優しい気持ちで旧車に接してあげてください」


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■由加山 蓮台寺のアンバサダーに会う


吉田さんがアンバサダーを手に入れるきっかけとなった、岡山県倉敷市『由加山 蓮台寺』のアンバサダーに会ってきました。かつてこちらで修行をしていた僧侶・佐々井 秀嶺さんが、仏教の復興運動と差別や貧困に苦しむ不可触民の解放運動に尽力したことへの感謝のしるしとして、インドより寄贈された個体だそうです。

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▲オーナーの吉田さんがひと目惚れしたアンバサダー。由加山蓮台寺に展示されている個体でプレートカバーには『釈CAR』と書かれている


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▲アンバサダーが贈られた経緯も看板で掲示されている

由加山蓮台寺の名誉住職・佐伯増恒さんから、吉田さんへのメッセージをいただきました。

「こちらのクルマが購入のきっかけになったのはありがたいことです。今は動かないので展示のみですが、この先吉田さんのアンバサダーと同じように、再び元気に走れたらいいですね。仏教発祥の地から来たクルマですので、ドライブを楽しみながら仏教の精神も拡めていただけたらと思います」

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▲メッセージをいただいたのは由加山蓮台寺名誉住職・佐伯増恒さん


■「生涯乗っていきたい」オーナー喜びの声


無事に修理が終わり、アンバサダーの受け渡しに立ち会わせていただきました。うれしそうな吉田さんの様子が印象的でした。吉田さんに、復活したアンバサダーと今後どのように過ごしていきたいかを尋ねてみました。

「生涯乗っていきたいですね。もし自分がこの世を去ったら、3人の息子たちに託したいです」

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▲吉田さんとともに、力強く走るアンバサダー


再び、力強く走り始めたアンバサダー。この個体は“理想のオーナーを探す”という、長い旅を終えたのかもしれません。


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■取材後記


アンバサダーは、現代に生き続けた『生きた化石』のような存在の不思議なクルマだと思いました。身近に2台ものアンバサダーが存在していることもまた、不思議な感覚です。そして、このクルマを見事に復活させた西さんの修理に感服しました、豊富な経験と知識によって行われたすばらしい修理でした。

今、日本に何台のアンバサダーが現存しているのかはわかりませんが、この個体は幸運なオーナーに嫁いだと思います。「生涯乗りたい」とおっしゃっている吉田さんの相棒として、これからも幸せに暮らすに違いありません。

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【取材協力】
●吉備旧車倶楽部
西 栄一 古谷 啓通

●由加山 蓮台寺
http://yugasan.jp/

【ライター・カメラ/野鶴 美和】

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