メルセデスベンツ 買取・無料査定のお申し込み
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メルセデス・ベンツの歴史は自動車の歴史である。メルセデス・ベンツを生産しているダイムラー・クライスラー社はもともとゴットリーブ・ダイムラーによる『ダイムラー・モトーレン・ゲルシャフト』と、カール・ベンツによる『ベンツ&シー・ライニッシュ・ガスモトーレン・ファブリーク』という異なる2つのメーカーだった。
1926年までお互いにしのぎを削るライバル同士だったが、ドイツの経済状況が悪化し、お互いの経営の立て直しのために合併した。
メルセデスという名前はスペイン語で『慈悲深い人』という意味である。当時、ダイムラー車のディーラーを経営してダイムラーの販売に大きく貢献した大富豪、エミール・イエリネスクの娘の名前をとって『メルセデス』と名付けられるようになっていたので、合併後の車名は『メルセデス・ベンツ』となった。1885年、奇しくもゴットリーブ・ダイムラーとカール・ベンツは、ほぼ同時期に、それぞれ世界初となるガソリンエンジン自動車を作成した。
ゴットリーブ・ダイムラーは1876年にドイツのニコラウス・オットーがガソリンで動作する内燃機関(エンジン)を作るとこれを二輪車、馬車へ取り付け走行試験を行った。
カール・ベンツは、ダイムラーとは別にエンジンを改良。車体から設計した3輪自動車を作成した。
1886年にカール・ベンツの作成した自動車が世界初の自動車として初の特許を取得した。
しかし、当時の交通の主役は馬であり、自動車はその馬を怖がらせる邪魔物的な存在だったという。そうした中、カール・ベンツ妻であるベルタ・ベンツは、夫の発明が素晴らしいものであるという事をなんとか世間に認めてもらうため、あるアイディアを実行に移した。
現在のように道も舗装されておらず、タイヤも自動車用はまだ開発されておらず、自転車用の空気タイヤが発明されたばかりであり、さらにガソリンスタンドもない時代に息子2人とともにマンハイムから約100km離れたプフォルツハイムの街へ旅行を強行したのだった。カール・ベンツが寝ている間に出発し、ガソリンも薬局で購入し旅を続け、日の暮れる頃に到着した。ベルタ・ベンツが走破した距離は当時の馬車で10頭以上の馬を乗り越えなければならないほどのものだったため街中の人々がベルタ達へ惜しみない賞賛のお絵が贈られた。これらの成功により、ベルタの当初の目論見は見事達成され、カールの発明した自動車は世間に広く知られるようになったのである。
同時にベルタは世界初の女性ドライバーであり、世界初の自動車長距離旅行として歴史に名を残すことになる。
夫のカールは寝ている間に、妻と息子たちが自分の発明した自動車で約100km街へ行ったと知った時はさぞ驚いたことであろう。ベンツ社は当初は三輪自動車を中心に開発していたが、しばらくして四輪自動車の研究に着手し、1890年代には実用的な四輪自動車を生産するようになった。
1920年代からは当時ヨーロッパで盛んになっていたモータースポーツに積極的に参戦し、数々の好成績を収めその名声を確固たるものにした。
その後、ダイムラー社と1926年に合併する。1933年ドイツの指揮者であったヒトラーは国際ベルリンモーターショーの開会宣言で、新時代の交通機関である自動車と自動車道路の建設に注目し、そのために自動車税の撤廃、アウトバーンの建設、国有鉄道にトラック輸送部門の新設等、自動車に対する政策を次々に打ち出した。現在のドイツの自動車業界の発展はこのころからすでに決まっていたのかもしれない。
1934年~1937年に行われたグラン・エプルーブ(現在のF1に相当する大きなレース)グランプリ・レースは総重量750kg以下とするレギュレーションの元実施されており、後に、『750kgフォーミュラー』と呼ばれるものである。
1934年のニュルブルクリンクのレース前夜、車両重量がわずかに1kgオーバーしていたメルセデス・チームは、苦肉の策として、それまで純白のボディーの塗装をすべてはがし、アルミをむき出しにすることによって何とか車両の減量に成功。
レース当日はそのアルミむき出しのボディーにゼッケンを張り付け参戦。そのレースで見事優勝を飾る。
そのレース優勝以降メルセデスのレーシングカーは銀色がトレードマークとなり、『シルバー・アロー』の愛称で呼ばれるようになり現在まで受け継がれている。またこれ以降ドイツのナショナルカラーもそれまでの白から銀色とされた。
もしも1934年のニュルブルクリンクのレースで重量制限をクリアし、純白のボディーのまま参戦していたら、銀色ではなく白色のメルセデスがサーキットでのトレードカラーだったのかもしれない。このようにさまざまな逸話を持つメルセデス・ベンツは、現在でも世界中の自動車メーカーの研究対象となっている。世界で最初に自動車を作ったメーカーが100年以上も常に世界の自動車業界をリードし続けている。
そんなメルセデス・ベンツが現在でも守り続けている設計思考は、『安全性』『耐久性』『運動性能』といった自動車に最も必要な基本性能を大切にするということであり、安全性については1940年代から早くもクラッシュテストを導入して設計に取り入れて、堅牢なボディとシャーシに支えられた車体はメンテナンスさえ怠らなければ数十年という期間の実用に耐えられるだけの耐久性を兼ねそろえている。運動性能も上記であげた『シルバー・アロー』のかつての栄光はもちろん、90年代以降もF1、GT選手権での活躍ぶりを見てわかるように、常に最新の技術をレースの現場から市販車へとフィードバックしてきて、『自動車に不可欠な要素』を非常に高い次元で見事に融合させていることがとても素晴らしいことと言える。
メルセデスベンツは常に『自動車の中の自動車』であり続け、常に高い次元での車づくりをしてきたがそれゆえに世界中で市販されている自動車の中でも最も高価な部類に入ります。日本でも初めて輸入された当初から高級車として扱われており、『優秀な車』というよりも『お金持ちの車』『見栄っ張りの車』という印象を持っている人も少なくないのではないか。また、それが理由で、メルセデス・ベンツに乗っているという人も多いのではないだろうか。高級なだけの他の高級車とは違う『何か』、馬力、最高速といった数値に表れる性能だけでない『何か』が多く感じ取れる車が、メルセデス・ベンツなのかもしれない。
メルセデスベンツ 買取強化車種一覧
ハッチバック : Aクラス Bクラス
セダン : Cクラス Eクラス CLSクラス Sクラス マイバッハ
クーペ : CLKクラス CLクラス
ロードスター : SLKクラス SLクラス
スーパーカー : SLRマクラーレン
SUV : Gクラス
クロスオーバー : Mクラス Rクラス GLKクラス GLクラス
ミニバン : Vクラス バネオ
ライトバン : スプリンター
多目的トラック : ウニモグ
商用バン : トランスポーターT1N
大型トラック : アクトロス
大型観光バス : トゥーロ
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